プロフィール

 




千葉県の市川駅前と東船橋駅前で

オーガニック美容室AYALA-organicspa-の経営者をしています

小山田 絢一(おやまだ じゅんいち)です

まずは自己紹介を少し・・・


新潟県出身です




新潟県の上越市という所で高校まで育ちました

姉と妹がいます

小さい頃はマルコメ君と呼ばれていました

 

すごく雪の多く降る地域で朝は雪かきからスタートします

でも マルコメ君はお寝坊なのでいつもお父さんに任せっきりでした。。。

ちなみに姉と妹はすでに新潟で結婚しているのですが、姉と妹のご主人たちは兄弟です

姉は伊藤家の長男と結婚し

妹は伊藤家の次男と結婚しました

【姉兄、妹弟】

【姉弟、妹兄】✖

じゃなかったのでなんかバランスいいですね

身内話になった時の鉄板ネタです


特におしゃれなわけではなかった





美容師って 物心ついた時からおしゃれで センス良くて かっこよくて

みたいなイメージってよく言われます

だけどね

僕は、特におしゃれではない学生でしたよ

まぁ かろうじてダサくはなかったってくらいで、普通でしたね~

でも、なぜか

そんな僕が

どうしても美容師になりたくなってしまったんです。。。。。


ビューティフルライフ





そうです

最高視聴率41.3%を記録した

木村拓哉さんの不朽の名作です

 世の中にも同じ人 いっぱいいるんじゃないかな~

それが美容師を志したきっかけ

あのバイクに乗りたくて乗りたくて乗りたくて仕方なかったですもん

その夢は なんと美容師になってから12年後に叶いましたとさ


とにかく1秒でも早く美容師になりたかった





普通ね

美容師になろう!

と思ったら、美容専門学校をどこにしようかな~~

って考えるのが一般的ですよね

でも

僕の生まれ育った新潟県上越市は 田舎です

イヤイヤ 地元のみんなゴメンね

高校卒業したら就職でしょ!って感じのかなりのド田舎です

だからさ

僕も専門学校に行く!

という発想はどこにもなくて

これから美容室に就職するぞ~~~~~!!!!!

キムタク(沖島柊二)みたいになりてぇ~~!!

って考えしかありませんでした

今思えば

それが人生での大きな大きな第一歩だったんですね。。。


豊臣秀吉でありたい




思ったら即行動しないと気が済まない性格だった18歳のじゅんいち君は

新潟県と東京都を行き来しながら

就職先の美容室を探し回ります

そこで

ここだ!ここしかない!と当時思った某美容室に

面接をお願いする事になるのです

面接の記憶は今でも鮮明にあります

確か、、、

『泣かぬなら殺してしまえホトトギス』織田信長

『泣かぬなら泣かせて見せようホトトギス』豊臣秀吉

『泣かぬなら鳴くまで待とうホトトギス』徳川家康

の例えを出し

【僕は豊臣秀吉のような美容師になります!!】

【なにかを達成させたい時、どうしたらそれが達成できるかを考え続けます!】

と言ったのを 覚えています

そして

東京都と千葉県で勢いのあった美容室から

晴れて内定を頂く事となりました


二足のわらじ




 晴れて美容室に内定を頂いたじゅんいち君ですが

美容学校にも通って免許を取得しなければなりません

内定をもらってからすぐ 10月から通信教育課の入学があるから

と美容室から言われて高校も卒業していないのに10月から新宿の美容学校の通信課に在籍する事となりました

雪かきお父さんに頭を下げ 学費をお願いしました

感謝感謝です

ありがとうございました

自分の学費は自分で払う

もちろんしっかり完済させて頂きましたよ

そしてしばらくの間

高校生と美容通信学生という

二足のわらじを履く生活を続けました


祝!美容師人生の始まり




 4月からは憧れの美容師!(正確には美容師見習いです。。。)

意気揚々とスタートを切ったわけなんですが、、、

同期のアシスタントはみーんな2年間の美容学校生活を経て

入社してきた

僕からしてみれば

『美容経験者』

かたや 僕なんか言ってみれば

ロットって何??

ハサミってどうやって持つの??

っていうレベルの18歳の少年です

『劣等生』

そんな言葉が頭をよぎります

【なんとかしなきゃ】

 【どうにかしなきゃ】

【やるしかない!】

そういう精神が身についたのはこの頃だったかもしれませんね


劣等生




13年間同じ美容室で働きました

全店舗 全スタッフ約250名の頂点に立つために

【努力】しました

【苦労】しました

【悩み】ました

だけどね

どれだけ頑張ってもなれなかった

ナンバーワンにはなれなかったんです

あ~~ぁ

やっぱり自分は

劣等生なのかなって思いましたよ

今だからこそ

わかることもたくさんあります

【努力した】つもりだったかもしれません

【苦労した】と思っていただけでした

今思えば たいして

【悩んで】いなかった


独立を決意しました




 東日本大震災がきっかけでした

今までは自分の売り上げを上げることだけを考えていた

でも

考え方がガラッと変わったんです

一人一人のお客様に真摯に向かい合いたくなった

数字だけを追う それでいいのだろうかって


真っ白な予約表





決めてしまえば行動が早いのが僕です

東船橋に理想的な物件を見つけたのをきっかけに

一人ひとりのお客様と真摯に向き合える場所を造ったのです

AYALA-organicspa-東船橋店OPEN

これだけの想いで出店するんだ

お客様ですぐいっぱいになると思っていた。。。。。

しかし

待っていた現実は

【真っ白な予約表】

今でも忘れません

この恐怖を

そんな逆境に立った時こそ

真価が問われるんだ


 逆転劇




【なんとかしなきゃ】

【どうにかしなきゃ】

【やるしかない!】

毎日が誠心誠意の全力投球です

でもね

本気の想いって伝わるんですね

幸せな事に

こんな僕の事を

気にいってくれるお客様も

少しずつだけど増えてきたんです

お客様が増えて

スタッフが入ってくれたらな~

って思うとばっちりのタイミングで応募がある

そんなことが何度もありました

僕はその度 心から想いを伝えました

『アヤラにご来店下さったすべてのお客様に感動と癒しをご提供できるように頑張ろう』

『僕の役割は自分が名プレイヤーになることではなく、名監督になってみんなを支えることなんだ・・・』と

ここからアヤラの快進撃が始まりました

5年連続増収増益

さぁ みんな

次のステージが見えてきたよ


AYALA-organic&spa-市川タワーズ店OPEN




多くの障害を

【なんとかしなきゃ】

【どうにかしなきゃ】

【やるしかない!!!】

の精神で乗り越えアヤラは確実に成長しています

これからもアヤラは飛躍していきます

まだ見ぬ

新しいメンバーと共に

それはあなたかもしれませんよ

 

さぁ

ガンバろっ