【失客】本当は分かっていた。なんで失客したのかは。だけど、気づかないふりをした。

愛される美容室経営

市川/東船橋アヤラ小山田絢一

『仕上がりは如何でしょうか？』

6ヶ月前にスタイリスト試験に合格し、ジュニアスタイリストになったイチロウはそう言いながら鏡を見せる。

お席に座っているのは今日初めてご来店下さったご新規様だ。

年齢は40代前半といったところだろうか。

オーダーはカラーカット。

白髪がチラチラと出始めたのが気になってご来店頂いたようで、カウンセリングではオーガニックカラーの説明を熱心に聞いていた。

『あまり暗くはしたくないんですけど、明るめで染めることはできますか？』

『白髪もしっかりと染まりますか？』

『ダメージは？』

『いつものカラーとなにが違うんですか？』

その一つ一つにイチロウは丁寧に説明していった。

明るめの白髪染め。

もう何度も行なった事のあるカラーだ。

モデルさんで何人も担当した。

自信はある。

カットは揃えるのが中心。

問題ないと思われた。

このお客様はカラーリングに重点を置いているかただなと、そう思った。

アレ？

店内は混雑しているわけではない。

お一人にしっかりと向き合う時間はある。

カラーチェックをし、OKと判断。

シャンプーも自分で担当し、そして仕上げのブロー。

アレ？

浮いている！

ドライ中に気づいた。

しっかりと染めたつもりだったが、白髪部分は明らかに染まっていない。

脇の下を冷や汗が流れ落ちた。

それと同時に、饒舌だった会話がピタリと止まった。

ヤバい。。。

最初の説明と全く違う。

『明るい白髪染めもできます！』

そう、ハッキリと説明していたのだ。

なにが悪かったのかは、予想できた。

もう一度きてもらえれば絶対に失敗しない。

絶対に。

お客様になんて言おう。

必至に考えた。

『仕上がりは如何でしょうか？』

染まってない部分が見えない角度で鏡を見せる。

そして、

『今日明るめで染めていきましたので、もし、染まりが悪かったらまた、来て下さいね！』

そう言ってお客様をお帰しした。

本当はわかっていた

本当はわかっていた。

お客様はご自宅で必ずお色のチェックをする。

そこで染まっていない事に気付くはずだ。

気付かないわけはない。

だけどイチロウは気付かないフリをした。

判断をお客様に委ねたのだ。

果たしてお客様はもう一度ご来店くださるだろうか？

子供でもわかる染まりムラのある状態で帰された美容室に。

その方を担当する事はもう2度とないだろう。

誠意

1ヶ月半もの間、

イチロウは心に引っかかりを感じていた。

お客様からやり直しの電話はない。

もちろん予約の電話もない。

見限られたんだな。

そう思った。

あの時、どうするのが良かったんだろう。

何度も考えた。

そしてひとつの結論に至った。

自分の思う仕上がりになっていない時は、正直に誠意を持ってお客様にお伝えしよう。

気付かないフリは絶対にやめよう。

そして、

その場でやり直させて頂けないかお話ししよう。

『気になったら来て下さいね』

じゃダメなんだ。

たとえ、その日がダメでも、後日やり直しをさせて頂く日を必ず決めてからお帰り頂こう。

それが誠意を示す、という事。

パーマも同じ。

かかりが弱いなと感じたらその場でお伝えしよう。

『すぐ取れたら来て下さいね』

って言ってお帰ししたお客様はリピートしていないじゃないか。

すぐ取れそうだな、というのは自分でわかっていたハズ。

だけど気付かないフリをしていた自分がいた。

変わろう。

プロとして、仕事に責任を持ち、やり遂げよう。

『失敗』を自分から言うのは勇気がいる。

だけど言わなければいけないんだ。

それからというもの、

イチロウのリピート率は格段に上がった。

決して毎回完璧な施術ができているわけではないが、お客様に愛される雰囲気が備わった。

真っ直ぐな気持ちも。

また1人、将来有望な美容師をみつけた。

そう思った。

さぁ、

ガンバろっ。